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困難を打ち破る

困難を乗り越えた時に、我々にもたらされる結果としては

大きく言って2種類あるものです。


一つは、単に大変な仕事であったという徒労感であり、

もうひとつは、たくさんの事を学べたという充実感であります。


困難を乗り超えただけで、どうしてここまで異なった結果が出て

くるのでしょうか。


いつも楽な道ばかりを選択していると、問題や疑問が

いざ生じた時に、対応できるだけの力がなかなか出てきません。


我々の能力には、ある程度の無理をこなしていく中で伸びていく

ものがあります。


要するに、簡単で楽にできることばかりをしている人は、少し

の無理をしたあとに徒労感を感じてしまう人が多くいるのです。


困難なことを克服していく中で、我々は圧倒的に成長をしていく

ものですね。


困難が楽しい人などいるわけがありません。

ただちょっとした心の持ちかたで、困難から苦痛を取り除く

ことができるのです。


難しいとか、無理だというようなことを、私にはできると信じ

て成し遂げた時には、それ相応の力が備わって、また達成感

のような充実感を感じられるようになりますよ。

 

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ピンチをチャンスにする

仮に大きなピンチに遭遇しても、ピンチだからダメだとは

思わないことです。


そんな時は、むしろチャンスだから、よしやってみようぐらい

に新たなチャレンジに結びつけて、行動していく気持ちを

持つことが必要でしょう。


その行動は、いずれは人を、成功へと導いてくれることになる

のです。


ピンチチャンスと思えるようになると、最後にはピンチ

有り難いと思えるようになりますー。


なぜかと言うと、ちょっと見たところピンチに思えても

それは、成功への外ならぬチャンスだということに気づく

からです。


最初のうちは、ピンチに会うと、もうだめだ、嫌だなあ、

つらいなあと思ってしまうかもしれませんが、それを好転

させてチャンスにすることですね。


例えば、仕事を頼まれた時に、時間が足りなくてとてもでき

ませんと言えば、不可能であるというとらえ方をされる

ことになります。


それとは逆に、あと2週間すれば仕上がりますと言えば可能

な方向から検討されてみることになるはずです。


この場合、何れが成功者として成りうるかは、言うまでもないと

いえます。

 

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孤高を気取る

ひとりで孤高を気取っているよりも、まわりの人びとと共に

進んだほうがよいでしょう。


まわりの人が、全員狂っているならば、自分も狂っているほうが

安心かもしれません~。


大事なのは、時代の流れに合わせて生きることです。


自分ひとりが、まともなつもりでいても、世間からは変人扱い

されるというのが一般的です。


ですから、何も知恵もないか、知恵のないふりをする人が、

ときによっては、いちばんの知恵者だということになりますね。


この世界の人は、大多数において無知の人たちかもしれません。

そして、人は他人の中で生きていかなければいけません。


全くの野蛮人であるか、神にも匹敵する優れた特性を備えた

人でもなければ、たったひとりで生きていくことなどは、

とうてい不可能です。


また、自分ひとりが愚か者とみられるくらいなら、大勢の人と

共に賢明に生きたほうが、よいともいえるでしょう。


おかしなことに、我々のみのまわりには、さも賢人気取りでいな

がら、実際は途方もない妄想に取りつかれているのみという

手の施しようもない愚か者もいるものです。


孤高を気取るのは、やめましょうね。

 

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反省のある毎日

反省をするということは、ある意味利己で満たされがちな心を

浄化しようとすることですね。


利己的な思いを少しでも抑えることができて、また反省

することで自らを戒めることができれば、人が本来もって

いるはずの美しい利他の精神が、心の中に現れてくると思います。


ただ、この反省は一度すれば大丈夫というわけではありません。

繰り返し実行することが必要です。


毎日、反省をするということは、当初は理屈で考えてやっていた

ことが、次第に慣れていくように感じます。


こういった習慣を持つことは、禅の修行をするのと同様の効果

があるのでないかと思います。


心を純粋にする努力を絶えることなく続けて、反省を重ねる

ことにより、徐々に高い精神性を身につけることができる

ようになるのでしょうねー。


人は、誰しも完璧ではありえません。

時によっては、間違いを引き起こしてしまうものです。


ですから、その都度素直に反省して、再び同じ誤りを犯さない

ように一生懸命に努めていくことが大切でしょう。


その日々の繰り返しが、少しずつ人の品性を高めてくれる

のではないでしょうか。

 

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覚悟を決める

人の重荷というのは、短絡的に下ろそうとすれば、だいたいその

人の人生を崩壊させるように社会の構成は出来上がっているものです。


全員がその宿命を背負って生きているのであるから、やたらな場所

に、自分だけ勝手に下ろしてはいけないということです。


社会的に避難される言動ばかりでなく、一般的な個人的な状況や

境遇についても同じことです。


その場合は、とても困難な事になるでしょうが、結局は、覚悟

決めることでしょうね。

どんな覚悟かと言えば、その問題からにげないという覚悟です。


背負うつもりになって、自分がとるべき責任から絶対逃げない

という意識が必要です。

そうすれば、不思議なことに解決策が見えてくるものなのです。


なぜこう考えられるのでしょうか。

それは、どんな問題でも、その解決方法には一つの決まり

があるのですー。


自分に解決できない問題は、自分には降りかかってこないのです。

これは、裏返すと、自分に降りかかってきた問題は、必ず自分

で解決できるという法則です。


ですから、決して逃げないで、覚悟を決めて受け入れる

しかないのです。

 

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つらいいやな物事

いやなことやつらいことは、なるべく思い出さないようにした

ほうがよいですね。


まあ、こんなことを言えば、それができれば苦労はないと、

言われそうですが人の心の中には、そういったメカニズムが

用意されているのです。


ですから、自分に都合が悪いことやつらいことは、極力心の

奥底にしまい込んで、思い出さないようにすることです。


そういった努力を繰り返していくと、それが習慣になって

いくものです。


感情を後に引かない人は、先程けんかした相手とすぐにあっさり

として笑いながら話していることがあります。


いやなことはさっさとわすれることやすべての物事をくよ

くよ考えないということを意識的にやっていくと、

こういう性格が身につくのです。


その時々でことなるでしょうが、悩みや苦しみの絶対量は

変わらないと言われます。


一つの悩みが解決すれば、別の困難な苦しみが出てきます。


苦しみも同様で、受け止めかたしだいで、心に受ける分量が

変化するのです。


人の心の中には、悩みや苦しみを軽減するメカニズムが

あるのですから、それを有効利用することが重要ですね。

 

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あいまいなこと

日本人の行動様式や考え方が、自分たちと異なるとして、外国人

の人から批評を受けることがよくあります。


代表的な例として挙げるとすれば、日本人のあいまいさ

対する批評だと思います。


そのことを指摘されると、我々日本人の中からも言われる主張

があります。


例えば、以心伝心とか阿吽の呼吸とかいうのは、日本人にしか

通用しないものである、とかイエスとノーがはっきりと言えない

から外国人に誤解されるのである、などの反応が決まって

起きてきます。


日本人の中には、本当にそのように感じている人が

思ったよりも少なくありません。


でも、日本人のあいまいさは、ヨーロッパ人やアメリカ人から

指摘されるような、いわゆる欠点なのでしょうか?


結局のところ、そういった欠点をしかたなく受け止めて、

劣等意識を持たなければならないのでしょうか?


私的には、そんな風には考えていません。

彼ら、ヨーロッパ人やアメリカ人たちが言うあいまいさ

こそが、日本人特有の天性であるに違いないからです。


それから、

大げさに言えば、人類文明の発展と存続のために大いに

役に立つものであるとも思うからです。


このあいまいさを、ある意味大切にしたいですね。

 

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